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鳥取地方裁判所 昭和43年(ヨ)23号 決定 1968年7月27日

申請人 太田定男

被申請人 広栄工業株式会社

主文

一  申請人が被申請人会社の従業員たる地位を仮に定める。

二  被申請人会社は申請人に対し、昭和四二年一〇月二一日以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り一ケ月各金一九、九二四円を仮に支払え。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実及び理由

申請人は主文同旨の裁判を求め申請の理由として、

一  被申請人会社は昭和三七年一一月一九日設立されたコクヨ株式会社の下請会社であつて、紙器の製造及び印刷業を目的とする会社である。申請人は昭和三八年九月一四日右会社に工員として雇傭され、昭和四〇年九月頃には班長もつとめていた同会社の従業員である。

二  被申請人会社の従業員約一一〇名を以つて構成されている同社労働組合は昭和三八年一二月二〇日結成され、申請人はその初代執行委員長に選ばれて、以来今日まで毎年再任されている。被申請人会社の労働条件特に給与は劣悪であり、勤続四年余の申請人でも月給二万円に満たない程度であるため、昭和三九年より毎年給与値上げを要求してストライキを含む争議を繰り返しているところ、被申請人会社は、コクヨの同系列の県内四社のうち、被申請人会社のみ労働組合が結成されていて例年争議が行われることに不満をもち、日頃労働不安があつて本社に対する面子が立たないと組合に申入れていた。特に昭和四二年春斗では、組合の争議を理由として親会社たるコクヨ株式会社より一部機械を引揚げられる事態があつたので、被申請人会社は組合の破壊もしくは弱体化を計画し、春斗終了後に副委員長加藤守を同人が特に教育を受けて受持つていた機械から他に配転するなど組合活動に対する圧迫を試みていた。

三  昭和四二年一一月七日、被申請人会社は突然申請人に対し解雇を申し渡した。その理由は、辞令によれば、「就業規則により本日を以つて解雇する」とあるが、その実質的理由は、申請人が被申請人会社に在籍のまま他会社の採用試験を受けたことが就業規則に違反するということであつた。該当する就業規則の条項は次のとおりである。

就業規則

第四四条(諭旨解雇及懲戒解雇)

次の各号の一に該当する時は懲戒解雇する。

八 会社の承認を受けず在籍のまま他に雇い入れられ又は雇い入れられようとしたとき。

第六条(解雇)

会社は従業員が各項の一に該当したときは解雇することができる。

この場合少くとも三〇日前にその予告をする。三〇日前に予告しないときは法令に定めた平均賃金を支払う。

<3> 懲戒解雇されたとき。

被申請人会社は右就業規則に基いて、申請人に対し前月二一日より解雇通告の一一月七日までの賃金と一ケ月分賃金一九、九二四円を弁済供託した。従つて本件解雇は懲戒解雇である。

四  右懲戒解雇は無効である。

(一)  申請人が他会社の採用試験を受けたことは事実である。

即ち、申請人は昭和四二年九月二〇日日本海新聞紙上の求人広告を見て申請外丸石産業株式会社に申込み、同年一〇月六日右申請外会社の面接を受けた。本件解雇は右申請外会社から被申請人会社に照会があつて、右事実を被申請人会社が知つたのが原因と思われる。

(二)  本件解雇処分の準拠する規範たる被申請人会社の就業規則は無効である。

即ち、

(1)  被申請人会社は昭和三八年二月頃より従業員を募集し、同年六月頃採用面接を行い、採用された従業員を以つて始業したのは昭和三八年七月二九日であつたが、右従業員採用のための面接及び採用の際には就業規則については何ら説明されず、就業規則そのものに全く言及されなかつた。

(2)  被申請人の鳥取労働基準監督署への届出によると、昭和三八年七月二七日付被申請人会社従業員代表池原与一名義の意見書を附した就業規則の届出が同年九月二日付を以つて提出されている。

右意見書には「広栄工業株式会社就業規則の設定に当り原案に対し検討協議の結果従業員全員の意見の一致を見た」旨が記載されているが、前述のとおり採用された従業員が全員集合して作業を開始したのは右意見書作成年月日の二日後である七月二九日であつて、それまでに従業員が集合して就業規則を検討した事実は全然存しない。

また、従業員代表として署名捺印している「池原与一」なる人物は後日である同年八月一〇日に従業員全員を集めた席上で被申請人会社生産部長として紹介された人物で始業当時より管理職の地位にあつたコクヨ大阪本社より被申請人会社設立のため派遣されていた人物であつて、労働基準法第九〇条に謂うところの労働者ではないし、況んや労働者の過半数の代表でもない。

(3)  昭和三八年八月終り頃、就業規則なるものが科長の机の横につり下げてあるということを見たものもあつたが、それも一ケ月位後には科長の机の抽出の中に格納されてしまつていた。従つて従業員の殆んどは就業規則の存在を知らず、知つていてもその内容については全く知つていなかつた。

(4)  昭和三九年四月頃、被申請人会社より就業規則の印刷物一部が組合に交付されたので、組合はこれを就業規則の制定と考え、組合の意見を附さねばならぬことを主張したが、被申請人会社はその必要なしと称して、今日まで紛争となつている。組合は、就業規則の効力を否認し、労働協約の優先を主張してきているのが実情である。

(5)  以上の事実によれば、被申請人会社就業規則はその作成について労働者の過半数を代表する者の意見を聴かず、また労働組合が結成された後も労働組合の意見を聴していないことが明らかである。使用者が労働者の意見を全然聴かなかつた場合に就業規則の作成が有効であるか無効であるかについては、これを有効とする判例もあるが、所有権による労働支配を排除するためには労働条件の決定及び経営権の行使につき労働者の意思を参加せしめねばならないとする労働法理念からみるならば、就業規則の制定変更についてもそのことが要求されるのであり、労働者の意見を聴くことは使用者の一方的決定を制約するための最少限度の要請であるから、これを怠つたときは、その制定変更は無効と解すべきである。

更にまた、就業規則は、従業員に周知させ、又は公示等の方法により、従業員の周知し得る状態におかれることによつてはじめてその効力を発するものと解するのが相当であるから、上に述べたような公示方法は法の期待する周知方法としての要件を充足したものとはいえないから、その点では右就業規則は無効であるといわねばならない。

(三)  仮に、就業規則全般についての有効、無効の論議を別にするとしても、本件就業規則第四四条第八号の規定は憲法第二二条第一項に違反するもので無効である。

即ち、同条に規定する職業選択の自由とは自分の従事すべき職業を決定する自由であり、そこには当然に転職の自由を含み何人も公共の福祉のために特に制限を受ける場合以外には、他の何人によつてもこの自由を侵されない権利を有する。然るに会社が承認しなければ他に雇い入れられるための準備もできず、従つてもし右承認が得られないときは、失業しなければ転職できないことを意味する本件就業規則第四四条第八号の規定は憲法第二二条第一項の保障する転職の自由を侵害するもので憲法違反の規定であり、仮に直接憲法違反にはならないとしても、民法第九〇条に該当するもので無効である。

(四)  もし本件就業規則第四四条第八号の規定が憲法第二二条第一項に違反せず、更に民法第九〇条に該当しないものと認められるとしても、右規定は慣習上既に廃止されあるいは恣意的に適用されていたのであつて就業規則たる効力を有しないものである。即ち、申請人以前又は以後の転職者(牧村博美、田中美智子、河田豊子、吉沢政恵、谷口はま子、豊田幸春、四井繁夫、本田節男、浜本誠、鍛治谷敏信ら)はいずれも他会社に面接試験を受け採用された後に退職願を被申請人会社に提出し、その退職願には「他の企業に雇い入れられるため某月某日を以つて退職致します」旨を表示しているが、すべて普通退職として取扱われているのである。

而して、以上例記した以外の従業員も被申請人会社の承認を得なければ転職できないとは全然考えてもいないし、却つて、被申請人会社の劣悪な労働条件の下で、公然と転職又は転職のための他会社採用試験の受験を行い、又は行つて差支えないと確信していたものである。申請人の場合にのみ本件の如き問題が発生したので、未だかつて、同様の場合に前記懲戒条項(就業規則第四四条第八号)を適用されたことも、その旨の指摘があつたこともない。

(五)  更に本件解雇処分は、申請人が労働組合執行委員長として労働組合活動を活発に行つたことを理由とする処分であつて、労働組合法第七条第一号に違反する無効な処分である。

前記第二項に記述したとおり申請人の属する労働組合は申請人を委員長として活発な組合活動を行い、被申請人会社は申請人ら執行部を圧迫して組合活動を弱体化しようとして、本件懲戒解雇処分を行つたものである。

五  仮処分の必要性並びに緊急性

(一)  申請人は妻紀子、長男和幸、長女弘子を扶養し自らの労働賃金を以つて生計をたてている労働者である。申請人の賃金は月額金一九、九二四円に過ぎないので、右賃金を以つてしては妻子を養うことはできないことは明らかである。そのため妻紀子が昭和四一年五月頃より鳥取市西品治伊藤組に事務員としてつとめ、日給六五〇円で一ケ月二〇日計一三、〇〇円の収入を得て、更に農業を営む両親方に寄寓して漸く生計をたてていた。

従つて、申請人の解雇により申請人家族は忽ち生計に苦しみ、子女の養育にも困難を招来している。

(二)  このままの現状では、本案判決までに申請人一家の生活が破綻するおそれがあり、とりあえず賃金の支払を受けなければ、回復しがたい損害を受けるおそれがある。

と述べた。(疏明省略)

被申請人は「申請人の本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求め、答弁並びに主張として、

一  申請の理由第一項の事実は認める。

二  同第二項中、申請人は被申請人会社の従業員約一一〇名を以つて構成されている労働組合の組合員であり、同組合は昭和三八年一二月に結成せられ、申請人は昭和四二年一一月まで右労働組合の委員長であつたこと、申請人の給与は月給二万円程度であること、右組合は昭和三九年より毎年賃金値上げを要求して争議行為を繰り返していることは認めるが、その余の事実は否認する。

三  同第三項につき、昭和四二年一一月七日被申請人は申請人を解雇し、これが申請人主張の如き解雇理由であることは認める。

四  (一) 同第四項(一)につき、申請人が申請外丸石産業株式会社に入社申込をなし、同年一〇月六日、同社の面接試験を受けたことを認める。

(二) (1) 被申請人は会社設立後たる昭和三八年二月三日第一回入社試験を行い、同年三月一〇日合格者中一三名を選考して大阪市に見習に出向、同年七月二三日従業員二十数名出席して鳥取駅前オリエント会館にて操業を直前に控え、従業員懇談会を開催した。

而して昭和三八年七月二五日までの間は数名の従業員が出社して機械の調整等をしていたが、同月二六日従業員一七名が出社し、実質的に操業を開始した。

(2) 当日被申請人は全従業員に就業規則の案件を示し、右全従業員は協議の結果、池原与一が右全従業員を代表して意見書を作成したものである。

その後同月二九日申請人ら二九名が就労した。

右池原はコクヨ大阪本社から派遣されたのではなく、大阪市所在広栄紙工株式会社の平工員に過ぎなかつたのであり、被申請人会社操業に際し、技能者として派遣されて来たものである。従つて右池原が被申請人会社に出向した当時、被申請人会社においては同人に対し技能者としての取扱いはしていたが、平工員としての地位しか有していない。

以上のとおり就業規則制定当時池原与一は労働基準法上の労働者であり、被申請人は全従業員に就業規則を示して意見を聴取しているものである。のみならず使用者には就業規則制定権が認められる以上、意見聴取の有無はその効力に無関係であるとみるべきものであり、労働者代表に対する意見聴取は行政的監督を目的とするものに過ぎないと考えるべきものである。

(3) 昭和三八年八月当時、被申請人は本件就業規則をA棟B棟とも各棟の中央窓の下枠に各一通宛つり下げて閲覧に供しており、その後A棟については同棟内に備付けてある机上に一通、B棟については右の他に同棟内に棚をかけ、そこに就業規則をピンで止め、いずれも全従業員が閲覧し得る場所に置いていたもので、これにより被申請人は就業規則の周知方法を施しているものであるが、仮に被申請人が就業規則を周知させる方法をとつていなかつたとしても、そのため就業規則が無効となるものではない(最高裁判所昭和二七年一〇月二二日民集六巻九号八五七頁)。

(4) 被申請人と被申請人会社労働組合との間には労働協約を締結しているところ、同協約第二四条第二号は懲戒解雇処分をなすとき、被申請人は事前に被申請人会社労働組合(以下単に組合と称す)にその旨通告することを、また第二五条は従業員を解雇する場合は予じめ組合と協議する旨の所謂「協議条項」を規定している。

従つて右就業規則と労働協約を対比するとき組合は右就業規則を全く有効なものであることを前提とし、また就業規則第四四条の懲戒解雇条項の有効性を認容した上で右労働協約を締結し協約条項を設定したものである。

即ち、組合は就業規則第四四条の各懲戒解雇条項を被申請人に対し承認しその反面において被申請人は懲戒解雇をなすに際し事前に組合に通告し、且つ解雇協議をなす義務を負担するに至つたことを窺うことができる。

被申請人は申請人が同主張の如き行為をなしたところ、これは就業規則第四四条第八号に該当するので労働協約第二四条同第二五条に則り組合にその旨通告すると共に組合と長期にわたつて解雇協議をなした上、就業規則第六条第三号、第四四条第八号に則り申請人を懲戒解雇処分に付した。

右労働協約を締結した組合の代表者は申請人自身である。従つて右労働協約締結時申請人は組合の執行委員長として将亦申請人個人として右労働協約第二四条、第二五条が如何なる内容を規定したか、同条項は当然に就業規則第四四条第八号をも包含するものなることを知悉していたものである。

(三) (1) 憲法第二二条第一項が保障する職業選択の自由が転職の自由をも含むことは明らかであるが、憲法上の権利保障規定(特に本条の規定)は本来国家に対する関係において、一般国民に保障されるものであつて、当然に私人相互間又は特殊の身分関係(所謂特別権力関係)にある者に対しては右保障規定はそのまま無制限に妥当するものではなく、私人相互間又は特殊の身分関係にある者が右自由をある程度合理的に制限する契約を締結し或いは規範を設定しても、それはただちに基本的人権の侵害になるものではない。

右契約、規律がその契約関係、規律関係の本来の目的からみて「著しく不合理であり、憲法上の保障規定の精神自体を否定し去るもの」は場合によつては公序良俗違反になる可能性があるにとどまる。

以上の見地からみるとき私人間の特別的権力関係にある申請人の憲法違反、公序良俗違反の主張はいずれも失当である。

(2) 本件就業規則第四四条第八号の規定にいう「承認」とは被申請人会社の「承諾」を得ることであるが、被申請人会社はいまだ転職の申入れがあつた従業員については、これに対する「承諾」を拒否したことはなく、全員に対し承諾している。従つてここに「承認」というも実質上は転職申出人の一方的届出にも等しい実質的効用しか有しないのである。よつて、転職希望者は転職する行為をなすに際しかかる手続を必要とすることが、実質的には全く転職の自由の制限になるものでないことは明白である。

(四) 次に不利益取扱いの点については、被申請人は申請人以外にも、しかもそれ以前に企業秩序を維持するため就業規則を遵守してきているのである。

(1) まず牧村博美は昭和四一年当初岩美町牧谷より鳥取市に転居したところ、勤務先が遠くなるとのことで、同年四月一八日に同月二〇日を以つて退職すべく、退職届を提出した。

(2) 谷口はま子は家庭の事情で昭和四二年一月一四日退職届を提出した。同女は出勤状況が悪くこれは同女の退職事由とした家庭の事情によるものと考え即日受理した。而して同女が他社に就職したのは退職後のことである。

(3) 田中美智子、河田豊子、吉沢政恵の三名は被申請人の承認を得ることなく転職したことが昭和四一年一二月二九日判明したので、被申請人は同日右三名を懲戒解雇処分に付した。

(4) 豊田幸春、四井繁夫の二名は昭和四二年一二月二三日、同月末日を以つて退職する旨の退職届を提出し、被申請人は同日これを受理した。

然るところ、同人らは同月二四日付にて「面接のため」との事由にて有給休暇届を被申請人に提出したので、ここに同人らが他会社に雇傭せられるべく行為することが判明したが、右の「面接のため」とは当然他会社に雇い入れられること及びその承認を求めていることを意味するので、被申請人会社は右申入れを承認した。

(5) 本田節男、浜本誠、鍛治谷敏信の三名は昭和四三年一月一六日、同月一八日を以つて退職する旨退職届を提出した。

被申請人が調査したところ、同年一月一三日他会社(鳥取ダンボール株式会社)の面接試験を受けていたことが判明し、右所為は就業規則第四四条第八号に該当するので組合に対し、労働協約に従い解雇協議を同月二〇日までなしたが、組合は全くその趣旨を聞き入れずその中に退職日が到来したので、被申請人としては懲戒するのが目的ではなく企業秩序を維持するのが目的であるところ、同人らは同日付を以つて退職するので企業秩序を紊すこともなくなる訳であり、従つて懲戒解雇する必要性は消失してしまつたものである。

(6) 被申請人は申請人に対しても本件懲戒事由発生後極力任意退職を勧告したのであるが、組合幹部らの反対で本件仮処分申請となつた次第である。

以上のとおり、被申請人は申請人が組合委員長なるが故に特に不利益な取扱いをしたものではなく、全従業員に対し平等的取扱いを以つて対処したものである。

(五) 同項(五)の事実は否認する。

五  同第五項中申請人には妻紀子、長男和幸、長女弘子の家族のあること、右紀子が昭和四一年五月頃より事務員として働いていることを認め、その余の事実は否認する。

本件は満足的仮処分までする緊急性、必要性は存しない。申請人はその実父太田信五の長男であり、妻子とともに信五家の後継者として信五所有の家屋に居住している。右信五は水田を自作六反三畝、小作一反六畝、畑を二反七畝、山林六反二畝、原野を四反五畝程度所有しており、当地方では中農である。実質的にこれらの土地は老齢である申請人の両親よりも申請人とその妻が主柱となつて耕作しているのであり、更に申請人の妻は事務員として現金収入を得ているのであるから、他に雇傭せられ、これより得る収入のみで生活している場合とは異り生活が困難となり、又はそうなる危険性は予想されない。

よつて本件仮処分申請は却下さるべきものである。

と述べた。(疏明省略)

(当裁判所の判断)

一  申請の理由第一項の事実及び申請人が被申請人会社の承認を受けず、被申請人会社に在籍のまま、申請外丸石産業株式会社に入社申込をなし、昭和四二年一〇月六日同社の面接試験を受けたので、右所為は被申請人会社の就業規則(疏甲第八号証の一、二)に懲戒解雇事由として規定されている第四四条第八号後段所定の「会社の承認を受けず、在籍のまま他に雇い入れられようとしたとき」に該るとして、被申請人は昭和四二年一一月七日申請人に対し懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

二  ところで申請人は、(一)本件就業規則は労働基準法第九〇条所定の労働者の過半数を代表する者の意見を聴いておらず、(二)同法第一〇六条第一項によつて就業規則を労働者に周知させる義務があるのにこれを尽していないから、右就業規則は無効であり、右無効な就業規則に基く本件解雇は無効であると主張するので、これらの点について考えてみるに、疏乙第四号証の一及び六、乙第七号証の一乃至四、乙第八号証、乙第一三号証の一乃至五によれば、被申請人主張第四項(二)(1)(2)(3)の如き方法により労働者の意見聴取及び就業規則の周知方法を施したことが一応認められ、これに反する疏甲第一三、第一四、第一六号証は前掲証拠に対比してたやすく信用できない。のみならず疏甲第九号証の一、二によれば、広栄工業株式会社労働組合(以下組合と称す)は申請人を代表者として被申請人との間に昭和四〇年四月二三日労働協約を締結しており、右協約第二四条には(解雇)会社は次の各号の一に該当する場合のほかは組合員を解雇しない。当該事項発生のときは、事前にこのことを組合に通告する。

(2) 就業規則の懲戒規定により解雇処分が決定したとき

なる事項が規定せられていることが認められるのであるから、たとえ就業規則自体に瑕疵があつたとしても、申請人のこの点に関する主張は理由がない。

三  (1) 次に前記懲戒規定(右労働協約の内容となつている就業規則第四四条第八号後段の規定と同一内容)は憲法第二二条第一項に違反し、又は民法第九〇条に該当するもので無効であるとの点について考えるに、本来憲法上の権利は国家に対する国民の権利としての性質をもつから、憲法上の権利保障規定は私人間においては当然には妥当しないが、憲法が職業選択の自由を含め諸種の権利を基本的人権として承認したことは、それらの権利が不当に侵害されないことを以つて国家の公の秩序を構成することを意味すると考えられるから、何らの合理的な理由なしに、不当に右権利や自由を侵害することは、いわゆる公序良俗違反となる場合があると考えなくてはならない。

(2) ところで、本件においては申請人が被申請人の承認を得ずして他に雇い入れられるべく他社の面接試験を受けたことが懲戒解雇事由たる前記就業規則第四四条第八号後段の規定に該当するとして申請人を懲戒解雇したものであることはさきに認定したとおりであるが、右懲戒権の行使はそれが労働者に何らかの不利益を科すものである以上、その程度、方法が企業の経営秩序を維持し、業務の円滑な運営を確保するために、客観的にみて必要、最小限にとどめられるべきものであると解するのが相当である。このことは、たとえ懲戒規定が労働協約において設けられる場合にも妥当すべきものというべく、被申請人にとつても同条前段の「他に雇い入れられたとき」とは異り、未だ他に雇い入れられるための準備行為をした段階にあつては、使用者は労働契約に基き労働力の提供を受けることが不能もしくは困難になるものでもなく、労働者に後記不利益を忍受させることを是認し得るほどの企業秩序維持上の合理的理由を見出し難いのに比し、右規定のとおり被申請人会社の承認を得られない限り、労働者は自発的に退職し、失業の危険にさらされながらでない以上、自己の労働力を現在の状態より有利に他に処分する機会を行使し得ないとすることは自己の労働力を売る以外には生活資料を得る手段をもたない労働者の転職の自由を著しく制限するものであり、ひいては極度に人の生活を貧困ならしめるおそれがあるから、勤務時間の内外を問わず無限定に会社の承認を要求している右就業規則第四四条第八号後段の規定を契約内容とする申請人、被申請人間の労働契約部分は民法第九〇条の公序良俗に反し無効といわねばならない。そうすると申請人に対する本件懲戒解雇は解雇事由なくして行われたものというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく無効である(右規定が被申請人主張の如く運用上、実質的には労働者の届出以上の意味をもつものでなかつたとしても、このことを以つて右規定自体の合理性を肯認する根拠となし得ないことはいうまでもない)。

四  次に仮処分の必要性について考えるに、疏甲第一、第二、第一一号証によれば、申請の理由第五項の事実を一応認めることができ、疏乙第四号証の五、乙第一〇号証によつても右認定を覆すに足りず、他に右認定に反する証拠はない。

五  以上の次第で申請人の本件申請は理由があるから、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 相瑞一雄)

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